私達の行く先は天ではなかった。
第肆話 レンの場合・前編②
何度も他の能力持ちにだって説明しているけれど、わたしたち妖精は建物も人も、下界の全部をすり抜けちゃう。でもね、そんなわたしたちにだって住む場所はあるの。
それが、下界の遥か上にある「妖精界(ようせいかい)」!
おっきな大地に森がいっぱいあるんだから!
下界風に言えば樹海とか……たぶんそんな感じ!
……でも、そんな妖精界も自由じゃない。
わたしたちは「高カースト」ってグループと「低カースト」ってグループに分かれてるの。
わたしやストべちゃんはそのうち、低カーストの妖精さん。
やりたいことも自由にさせてもらえない低カーストの妖精さん。
わたしたちみたいなあんまり強くない子たちは妖精界ではみんな今も低カースト区域と呼ばれる狭い世界で暮らしてるの。
それでいてね、高カーストの妖精さんはわたしたちをよく思ってないみたい。
しかもとんでもなく意地悪なの。
高カーストの妖精さんは意地悪だから、わたしが高カースト区域にちょっとでも入ったら攻撃してくる。
鋭い石で脚を斬られたり、草のツルで私の腕が腐り落ちるまで絞めつけられたり。ね、ひどいでしょ?
妖精だから死なないし、腕なんて半日もしたら生えてくるけど……でも痛いのは嫌なの!
人間さんより痛くないとしたってあんまりじゃない。高カーストの妖精さんはヘーキでわたしたちのところに入ってくるのにね!
そうよ、二十年ちょっと前のあの時だって……。
わたしとストべちゃんはその日、低カースト区域はずれの森で鬼ごっこをしていたの。
ストべちゃんが鬼役だったから、わたしは羽は枝にぶつからないように気を付けながらびゅんびゅん逃げていたの。
すると、気が付く間もなくわたしの左目に"まっすぐ"木の枝が突き刺さっていて。わたしは声にならない叫び声をあげた。
高カースト区域に入っちゃったんだ。
"感覚"でストべちゃんが後ずさるのがわかった。
でも、代わりに高カーストの妖精さんが近づいてくるのもわかったの。
振り返ることはできなかったけど、あれはきっと……リンゴの妖精さん。
ストべちゃんはわたしを見捨てられずに立ちすくんでなにもできずにいたようだったけど、そんなストべちゃんを見てもリンゴの妖精さんは黙って帰してくれそうな雰囲気じゃなかった。
リンゴの妖精さんは気だるそうにストべちゃんのほうをじっと見つめて、
「ね、そこの低カーストのあんた。この黄色いクソガキのこと知ってんの?」
って聞いてきた。ストべちゃんは怖かったんだと思うけど、首を横に振って低カースト区域の中央側へ逃げた。
……逃げようとしてた。
わたしは見えるほうの目でストべちゃんの頭の後ろ側に硬い──さらに言えばちょっと美味しそうな──リンゴがぶつけられていたのを見てしまったの。
ストべちゃんはぐうっ、という鈍い声を上げて倒れた。けれどリンゴの妖精さんはまだ許してくれなくって。
「馬ッ鹿だね、あんた。こっちに向かってることなんて知らないとでも思ってた?
まっさか妖精の位置感知能力を忘れただなんて言わないよね?」
蹴り飛ばされて仰向けにされたストべちゃんは口をパクパクさせた。
「ね、もう一回聞くよ? この黄色いクソガキのこと知ってる?」
ストべちゃんはお腹を踏まれた。
「ねぇ、聞いてんのかよ……おい!」
ストべちゃんはさっきまで一緒に食べていたメロンを吐いた。
「アッハハきったな~! ……まぁいいやもう清々した!
あんたたちの片づけが私の持ち回りだしね~!」
リンゴの妖精さんは満足したようで、わたしたちを髪を引きずって下界へと投げ込んだ。
「……全く、ゲロの掃除まで私にやらせるなんて"ピチちゃん"はおっかないねぇ」
こんな酷いカーストが決められたのは結構昔……二百年くらい前だったかな。
詳しくはよくわかんないんだけど、ある妖精の間で争いが起きたの。
それが妖精界全体に広がって……大変なことになっちゃった。
わたしたちは逃げ回ることしかできなかったし、人間さんなら死んじゃってるような怪我をした子だってたっくさん出た。
その中で、戦いをしてるリーダーさんたちの中で話し合いをして、カーストという制度で住み分けをすることになったの。
わたしたちのリーダーのロンさんは力が強いけれど、あんまり口が上手くない。だから低カーストとして丸め込められちゃった。
わたしね、こんな生活にはもう飽き飽きしてるの。
下界の能力持ちさんの方が話していて楽しいし、ミリョク的だし、本当なら……妖精なんてやめちゃいたい。
レンの場合・前編②
2020/05/11 up
2022/07/16 修正