Menu

希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

私達の行く先は天ではなかった。

第弐話 別火寿希の場合③

いつもお姉ちゃんがいなくなった後は消灯時間まで静かな音楽を聴きながら天井を見上げることになる。
僕が何もしなければ、お姉ちゃんが"答え"を見つけなければ……僕は明日も同じ一日を過ごすのだろうと思う。
でもそれが見つかっても、お姉ちゃんの努力は続く気がする。答えが見つかっちゃったら、それを僕はずっと見届けていなくちゃいけないような感じがする。
僕が、何もしなければ……変わらないのだろうけど。
もし僕が消えればお姉ちゃんは頑張らなくて済む気がする。
いや、僕が消えれば元気なお姉ちゃんは元気なまま平和に暮らしていけるんだ。僕が消えれば……。

……。

一瞬でもそんなことを考えた自分に寒気がする。
考えるだけで胃がムカムカしてきて、考えちゃいけないことだという事実が僕に突きつけられる。
僕は布団をかぶり、考えを振り払おうとする。要らない、こんな考え。
助けて、助けて。助けて……。僕はひたすら闇に祈っていた。

消灯時間になった後も、僕は眠れずにいた。なぜならさっきの考えが頭にこびりついて離れなかったからだ。
こうなるのは初めてじゃない。ここ数ヶ月は毎晩のようにこの恐ろしい考えに襲われる。
主治医である院長先生に言おうと思ったけど、こんなことが知れたらきっとお父さんとお母さんと……なによりお姉ちゃんが悲しむ。
だから僕はなるべくそのうち治るだろうと思うようにしてここまで耐えて来た。けれど、僕の心はそろそろ限界を迎えていた。
助けてと願ってもお姉ちゃんしか助けてくれそうにないのがつらかった。何をしてもお姉ちゃんが無理してしまうだろうからつらかった!
僕が消えたならお姉ちゃんがこの先ずっと無理してたって僕はそれを理解することもないだろうから!
僕は車椅子に乗って病室を飛び出した。


動けば、外の空気を浴びれば、僕はきっと、落ち着ける。
「大丈夫……大丈夫……」
僕はひたすら、気持ちを落ち着かせることだけを考えていた。こんなお姉ちゃんを悲しませるような考えを持ち続けてはいけないって思っていたからだ。
監視カメラに丸写りのまま僕は外に出た。見回りの時間も近いし、一時間もすれば僕はすぐにあの病室に連れ戻されるだろう。
でも、大事になる前に帰れば"お父さんの子供だから"きっと多めに見てもらえる気がする。一応、たぶん……。
「さむ……」
外は薄い患者衣一枚では肌寒く、鳥肌が立つ。この寒さならきっと頭も冷えるだろうと思う。
僕は病院の駐車場側に回り、いつも病室から見ていたあの桜を見上げた。街灯がぼんやりと桜を照らしており、今の時間でもよく見える。
看護師さんが言っていた通り桜は満開で、七階から見ていたときと違ってとても大きく感じる。
そうやって冷えた腕を擦りながらぼんやり上を眺めていると、数十分経った頃、少しだけ動悸が治まった気がした。
それでもやっぱり、まだ寝られそうにないし病院に戻る気にはなれなかった。
息をついた僕は敷地外へと車椅子を滑らせて裏の森の中に入ってみることにした。
普段ならこんなことは絶対にしないけれど、すぐ戻ってくるし何より落ち着くためならしょうがないかも……なんて自分に言い聞かせながら。
道は泥が固まったようであまりよくなく、車椅子で走るにはちょっと不安な感じがする。
けれどそのうち、外に出てしまったからには少しだけ冒険したいなんて気持ちも徐々に芽生え始めてしまっていた。
夜の病院を抜け出しているという背徳感と共に、森の暗闇が僕を何よりも安心させた。
「さて、明日もなんとか元気にしてないと、じゃないとお姉ちゃんに、ね……」
僕は一人呟く。自分に元気を入れられるくらいに回復したみたいだ。

戻らなきゃ。僕はやっと決心する。
僕は器用に車椅子の向きを変え、病院の方に向き直した。というより、向き直そうとした。
「あ、あれ……?」
車椅子はビクともしなかった。動かない。
どうやら右の車輪が柔らかくなった土に埋まってしまっているようで……。
ど、どうしよう。このままじゃ帰れない。
そう思うと手がピリピリしてくるようで、このままじゃ、このままじゃ大変なことになってしまうかも。
僕の背中に冷たい汗が流れて、嫌な想像が頭を巡る。
動いて、お願い……!僕は頑張って車椅子を動かそうとするけれど、一向に動いてくれる気配がない。
どうしよう……でも、帰らなきゃ。
そうだ。
僕は腕の力で車椅子から降りて地面に這いつくばった。
「這ってでも帰らなきゃ……」
もう病院の人達に怒られることは確定だけど、そんなことは言ってられない。
僕は腕の力で病院の方へと這っていった。


別火寿希の場合③

2023/02/16 up

Menu

上へ