私達の行く先は天ではなかった。
第壱話 青川現奈の場合⑥
「……ちゃん! あら……ちゃん! あらなちゃんってば!」──ん、んぅ……?
私をかん高く呼ぶ声で私は意識を取り戻す。
それにしても、私をちゃん付けで呼ぶ子なんていたっけ?
恐る恐る私は目を開ける。
「あ、やっと起きた! にしてもホント死んじゃったかと思ったよ~。」
目を開けると、私より二回りくらい小さな金髪の女の子が嬉しそうにこっちを見ていた。
でも、その子はただの女の子じゃなくて。
一言で言うなら、「変」だった。
見るからに変な格好。
肩の出た薄い黄色のドレスを着てて、ここらの子じゃないのは一目瞭然。
それに、その子には羽?が生えていた。
トンボのような羽?の先端に薄い突起がついたもの……が左右一本ずつ生えていて、絶対に人間じゃない。
しかも、それぞれその羽は動いているからきっと「本物」。
その上、人間と話しているときよりも、なんだか波さんと話しているときみたい。
そのくらいこの子は、変で気味が悪かった。
「だ、誰なの…? なんで私の名前知ってるの…?」
「あ、"わたし"が見えるんだね! 聞こえるんだね!
やっぱりあらなちゃんは立派な『能力持ち』の女の子なんだ!
しかもあらなちゃんで名前合ってた!
あ、わたし? わたしはね、レンっていうの!
キュートなレモンの妖精さん!
あー、もしかして信じてないでしょ!?
指をこうやって、パチンとすると……ほら!
レモンを召喚できちゃうんだから! あ、もらっていいよ、あげるね。
でね、でね、さっきまでの、やつ!
"上から"見てたよ! ひっどいね〜、あなたのおとーさん!
大事な『能力持ち』に何してくれてるんだか!」
起きてから間もない私に考える時間もくれずに話し続ける妖精のレンと名乗った女の子。
私は手渡されたレモンとレンを交互に見る。
…手品にしては上手……うーん。
私にはレンさんが嘘ついているようには見えなかったし、私にだって変な能力がある。
私の探偵さんとしての勘やレンさんを信じてあげてもいいけど、なんだかなぁ。
……波さんも相手してくれないし、相手してくれるならもう、誰でもいいかなって気もするけど。
「妖精さん、か。
記憶が見えると思ったらついに変なものまで見えるようになっちゃったなぁ。
あのさ、上から見てたって言ってたでしょ? 上からってなんのことなの……?
まさか、覗き…?」
違うよ違う! レンさんは咄嗟に否定してこう続けた。
「あのね、妖精の世界が上にあるの! 人間さんには見えないみたいだけどあるの!
それでその妖精界から大体のことは見てたの!
あー、うーん……でも覗きかもしんないなぁ」
レンさんは空を指さした。私も見上げてみる。
どうやっても私には青い空とふわふわの雲しか見えなかった。
でもやっぱり、嘘は言ってないと思った。
なんだか信じてみたくなっちゃう不思議な雰囲気を感じるの。
「覗きは謝るよ。
でね、その妖精の世界から能力持ちを探してこみゅにけーしょん?を取るのが私たちの生き甲斐なの!
だってレモンぽんぽん作ってても楽しくないんだもん!」
……あなただってそうでしょ?そう付け加えたレンの言葉にドキっととする。
私の生き甲斐は探偵ごっこ。波さんと話してるだけじゃ……。
ううん、多分この子はそんなことまで知らない。
私の秘密を全部が全部知ってるわけないもん。
あれ、そんなことよりも、上が空なのっておかしくない……?
ふと気が付いて辺りを見渡すと、そこは家ではなく、見慣れた海岸だった。
「あの、レンさんだっけ。」
「ん、レンちゃんって呼んでくれたらうれしいな~」
「えーっと、じゃあレンちゃんはどうして私がここにいるのか知ってる?」
「え? やっと気が付いたの~?
どうしてって? あらなちゃんは海に"捨てられた"んだよ。
もう一回臨死体験すれ(海にぶちこんじゃえ)ば戻るんじゃないかって!
それもボートからぽーんって投げててひどかったんだから!
運よく海岸に流れ着いたけど、そーじゃなきゃあらなちゃんは死んでた!
せっかくの『能力持ち』が死んじゃってた!
わたしたち妖精じゃ下界のみんなを助けるどころか触れさえしないんだもん。
見てるだけしかできないのイヤだったんだから! 妖精やめたいなってくらいにヤだった!」
「触れないって……え?」
捨てられたことよりも、触れないことが不思議だった(なんでか自分のことは受け入れられちゃった)。
私は頬を膨らますレンちゃんの頬に触れようとして……触れられなかった。
なんにも存在しないみたいにすり抜けてしまったから。
そしてちょっとだけ残ってた疑いは本当に晴れた。
間違いなく、この子は「妖精」なんだってことがわかった。
…レモンは、触れるのになぁ。不思議。
「ねえ、あらなちゃん?」
レモンを手で転がしていたら急に顔をずいっと近づけてくるレンちゃん。
触れることができないとわかっていても、私はびっくりして思わず身を引いた。
「な、なに?」
「あなたはこのまま能力を隠して家族に愛される?
それとも……わたしたちとお友達になって、他の妖精さんや能力持ちさんと仲良くなる?
ね、どっちがいい?」
究極の選択だった。
このまんま、あまり楽しくもない日々を続けてみるか。
それとも、よくわかんないなにかについていくか。
「レンちゃん、あなたはどっちを選んでほしい?」
「ばっかだなぁ、あらなちゃんは! こーしゃに決まってるじゃん!」
わたしはあらなちゃんとお友達になりたいもん。
冬の果物の妖精なのに、夏にぴったりなぴかぴかの笑顔で即答できるのが羨ましかった。
私は、私はどうしたらいいのかな。
究極の選択っていっても、悩んでたってどうにもならない。
私も、レンみたいな笑顔を作って。
「…私も後者かな。
本当にいいのか、わからないけど、私も、お友達が欲しいって、思うから。
ついていきたいな、レンちゃんに。お友達になってくれる?」
「よぉしわかった! よし!
今日からわたしとあらなちゃんはお友達ね!
ほら、レモン越しに握手!」
夏なのになんだかそのレモンは不思議とぬるくなくて、ひんやりと冷たかった。
青川現奈の場合⑥
2019/06/28 up
2021/01/01 修正