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希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

私達の行く先は天ではなかった。

第壱話 別火光の場合⑤

翌日、わたしは母さんに起こされて目が覚める。
カーテンの隙間から光が漏れておらず、どうやら日が昇る前の時間のようだ。
眠気からあくびをするわたしとそれどころじゃないように真剣な表情をする母さん。
「母さん……? こんな時間にどうしたんだ……?」
「……」
母さんは言葉を発さない。一体何があったというのか。母さんの珍しい姿にわたしは唾を飲んだ。
「光、よく聞いて。まず、今日はクリニックは臨時休業よ」
「臨時休業……? なんでまた…」
臨時休業をしたなんてこれまで聞いたこともなかったし、運動会の日でさえ両親は休むことがなかった。
恐らくそれほどに緊急事態が起きたのだろう。何か、嫌な予感がする。
「何があったんだ? 教えてくれよ母さん」
「……よく聞いてちょうだい」
母さんは深く息を吐いた後、決心したようにわたしにこう呟いた。
「寿希が病院からいなくなったの」

「え……?」
わたしは完全に目が覚める。寿希が、いなくなった……?
「え、なんで……昨日わたしと寿希はいつも通り喋ってたのに……」
わからなかった。寿希がいなくなったなんてそんな。昨日までの寿希は本当にいつも通りだった。何も気が付かなかった。何も気が付いてやれなかった。日常そのものにしか感じられなかった。両親よりもわたしは寿希のことをよく見ているのに、だ。
脱走?有り得ない。わたしの知ってる寿希はそんなことをする奴じゃ……。
「……ごめんね、光。暗いうちからこんな話をして。でも早く見つけないと点滴が、寿希が、寿希の身体がもっと動かなくなってしまうかもって……」
探しに行かないと。わたしは立ち上がる。
「わたしが絶対に見つけ出してやる。それから寿希を問いただす。なんでこんなことをしたのか。寿希が治る日までわたしは努力すると病気が判明したあの日に決めたんだからな」
「光、ありがとう……私一人だったらどうしていいか……」
「いいんだ、母さんは家で待っていてくれ」
わたしは憔悴した様子の母さんに水を渡した。
「わたしが、わたしが見つけなきゃいけない気がするんだ。これまでずっと寿希を見てきただけに、わたしがなんとかしなくちゃいけないんだ」
「……気をつけていってらっしゃい」
「ああ、何かあったら固定電話に連絡入れるよ」

茶色味のセーターに薄いジャケットを羽織り、わたしは外に出た。
もちろん眼帯も忘れない。何故ならこういう時にこそ平常心を失ってはいけない、そんな気がするからだ。
さて、寿希が行きそうなところと言えば……どこだ?振り返ってみるが、場所の一つさえも思いつかなかった。
そもそもあいつはこれまで病院から抜け出すなんてしたことがない。
わたしは無知だった。分かるはずもないなんて言う資格はないだろう。なんてったって寿希のことなら百パーセントわかってるつもりでいたんだから。わたしは唇を噛む。
山奥の病院で車椅子移動ということは遠くには行ってないはずだが……そう信じてわたしは病院に自転車を走らせた。


別火光の場合⑤

2023/02/16 up

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