私達の行く先は天ではなかった。
第弐話 人首霊音の場合⑤
あの日、私は大罪を犯した。あれは四歳の頃だっただろうか。私はその頃にこの能力を自覚した。
本当はもう少し前……というより、生まれつき能力があったのかもしれないが、もうよく覚えていない。
四歳になって数ヶ月後、この能力に気が付いた私は好意を持ってくれる友人になんとなく拍手をさせて遊んでいた。
大人はその友人に何かよいことがあったのかと聞いたが、友人は訳も分からない様子だった。
それを傍で見ていた私は面白おかしくて仕方がなかったことを記憶している。
幼い私はその面白さに色んな人に人知れず能力を試みた。
その時私は、
「わたしをすきなひとにしかきかない」
「すきになってもらうほど"できる"」
と能力の詳細に気が付き、更に様々な人間に自分を好きになってもらおうと努力するようになった。
そう感じてからは少しずつ私の行動はエスカレートしていった。
誰にでも優しい女の子を操って、意地悪な男の子の水筒を奪わせた。
彼女はいじめのターゲットになったが、私は力に酔いしれていて、当時の私はなんにも思わなかった。むしろ、自分はいいことをしたとさえ思っていた。
私が悪い事をしていても、先生が私に好意を抱いていることを知っていたから、怒るのをやめさせて頭を撫でさせた。
──そうして問題が表面化していった。
ある日、幼稚園内で緊急の懇談会が開かれた。
お母さん曰く、結論は出なかったようだが、今思うとこの頃からお母さんは私に少しずつ冷たくなっていったような気がしている。
そしてまた数ヶ月後、私は大好きなお父さんと二人きりでドライブに行くことになった。
数時間経つと、幼い私は流石に飽きてきて、お父さんにこう聞いた。
「ねぇ、おとーさん……運転って難しい?」
するとお父さんはこのように答えてくれた。
「簡単だよ、頑張ったらきっとお前にも出来るさ。
ほらここ、ハンドルとアクセル、ブレーキはわかるだろ?」
幼い私は愚かだった。
思えば、こんなことを聞かなければ良かったのかもしれない。
私は「ホント?」と目を輝かせた後、お父さんの身体を操って車の運転を始めた。
当然、お父さんは焦るものの、自由の効かない身体では何も出来ず、助けの声を上げることしかできなかった。
しかし、興奮気味の私にはそんな声は興奮を煽るものにしかならなかった。
「おとーさん! 運転って楽しいね! もっとスピード上げようよ!」
幼き私は半狂乱にそのように叫ぶ。
アクセルを強く踏んだまま慣れない状態で助手席目線から運転をするなんて、幼稚園児でなくとも事故を引き起こすだろう。
案の定、事件は起きた。
「あっ…!」
電柱にぶつかりそうになった私はお父さんの身体を使ってハンドルを咄嗟に切る。
その瞬間、耳を聾するような炸裂音が走った。
反射的に目を瞑ってしまった私は血の匂いに恐る恐る目を開け、右を見た。
するとそこには車にめり込んだ電柱と、その電柱に鼻等を潰されながらもこちらを恐怖の目で見つめるお父さんの姿があった──。
覚えていないためお母さんから聞いた話にはなるが、捜査は少し変な部分があれど事故死ということで片付けられたらしい。
当時、全ての真実を知っている私は何も喋ろうとは思わなかったのは覚えている。喋ったら真偽は別として警察に捕まると信じていたからだ。
それはともかくとして、懇談会で感じたお母さんの疑念は確信に変わったのだろう。
あれからお母さんは好意を私に与えることをしなくなった。
──お母さんも、私に殺されるのが嫌なのだろう。
私に暴行を加えることもざらになった。
シングルマザーになったお母さんは仕事量と私の存在で笑顔を見せることさえなくなった。
その事件の日から、私は能力を使うのをやめた。
怖くなったのだ。自分がこの能力で与える影響が。
それが私の罪の全てである。
人首霊音の場合⑤
2020/05/01 up
2021/01/02 修正