私達の行く先は天ではなかった。
第弐話 青川現奈の場合③
部屋を出てったパパに続いて、これからママも海の家の準備でもするんだろうけど、それは私の仕事じゃないからお手伝いはやらない。海辺に着いた頃、もう海水浴場は開いているみたいだった。
だってその証拠に、もう警備のお兄さんは立っていなくて、代わりに海水浴場の客がちらほら見えたもん。
波さんのことを考えながら砂浜を歩いていると、ビーチボールで遊んでいるお客さんの姿をが目に入った。
いつもなら応援したくなるのに、今日はなんだかうんざりした気持ちになる。
「かわいそうに、あの人たちは波さんと話せないんだわ」なんてひねくれたことを考えちゃううくらいにうんざりしてる。
右足も心も痛くて、朝なのになんだか疲れちゃったな。
とりあえずどこかに座りたくって、コップに海の水を汲んでから準備中の海の家のベンチにどーんと座る。
……波さんも変だし、パパも怒るし、ママだってうるさいし。今日は本当嫌。
パパたちの友達の従業員さんになにか言われるまでここにいよっかなぁ。
もしかしたら、波さん、機嫌戻ってくれたりしてないかなぁ。または、"他の子"に変わってたりしないかなぁ。
周りを見渡す。都合がいいのかわかんないけど、従業員さんも、お客さんも、誰も私に気が付いてない。だからね──。
ねぇ、聞こえる?
私はコップの中身に話しかけた。
……でも、返事が返ってこない。うーん、おかしいなぁ。いつもならなにか私にだけ語りかけてくれるのに。
もしかして……。
「やっぱり波さんたちって私に何か隠し事してるでしょ?」
─有るわけないだろう。君に隠し事なんかするものか─
さっきとは違ってすぐ切り返してきた。やっぱりそうなんだ。
「じゃあ、何を考えているの? 」
─……逆に聞こう。君は、君が波さんと呼ぶ存在……敢えて突き詰めて言うならば、我々のような"水死した人間の思念体"と会話していて楽しいのかい?─
「当たり前じゃない! 私はあなたと話しているのが楽しいの!」
─辞めたほうがいい、もう。我々などと話さないでもっと……─
嫌だ! だって、だって……。
─我々死者とは違う様々な生者と関わりを持ちなさい。そうすれば君も……─
「……うるさいな、水のくせに!」
私の目から液体が零れ出る。なんだか、見たくないものを無理矢理見せられてるみたいで悔しかった。
その液体を舐めってみようとすら思えなかった。昔の幸せを感じる気分には、全然なれないから。
私は語りかけてくるコップの中の水を全て飲み干した。
塩辛くて喉が灼けそうだった。でもそんなことはもうどうでもよかった。
うるさい。うるさい。海の水を通じて色んな生き物の記憶が頭の中に入ってくる。
海水浴客の失恋した記憶。どうでもいい。
お魚さんが人間に追われて殺されかけた記憶。その人間はパパと同じ漁師だった。
人間が溺れて意識を失う直前の記憶。死んじゃうときの苦しみが伝わってくる。
もう。どうしてこんな時に限って嫌になる記憶しか入ってこないのだろう。
──待って、死ぬ直前の記憶……?
「もしかして殺人事件⁉ 波さんってば、やっぱり隠してたのね!」
私は足や喉が痛かったことも忘れて、うきうきとした足取りで誰にも見られないように岩場の陰へと向かった。
期待感に胸を膨らませる。一体なんで死んじゃったのかな。岩陰に着いた私は他の記憶が混ざんないように頭を押さえて記憶を辿る。
崖──多分隣町の高台かなぁ──から突き落とされて……。犯人の顔は見えない。もっと前に遡ろう。
白い天井。点滴。遺体さんは病人だったのかな。
立たされた、のかな?なんでか見える世界の向きが変わった。
あれ、目隠し。なんでだろう。
しばらくして、目隠しを外された。
見えたのは綺麗な青い海が見える高台。例の現場の……。
下を見たら誰かと手を繋いでいるみたい。手を見るに、遺体さんは男の人で相手は女の人。もしかしたら付き合っていたのかも。
そのまま相手の顔も見ないまま海に自分から飛び込んで……。
あれ? 手を繋いだままだった。
もしかして、この遺体さん自身が加害者? それとも心中なの?
明日、隣町の図書館まで出かけて地域の新聞を読んでみようかな。
それとも、おうちのパソコンで調べた方が早いかな。
そうして記憶を辿っているうちに、私がドキドキとしたなんとも言えない幸せを感じていることに気がついた。
それでわたしはある一つのことを考えたの。
私にはやっぱり波さんやこの力が必要なんだってこと。
青川現奈の場合③
2019/06/28 up
2021/01/01 修正