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希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

私達の行く先は天ではなかった。

第弐話 青川現奈の場合②

 ……今日のごはんは美味しくなかったみたい。波さんのことを考えてたせいでお塩とお砂糖間違えちゃったから。

 パパは怒ると怖い。
どのくらいかって、今回トレーに載った陶器の食器を手にとって、私の足元にガチャンってしたくらいに。
私はびっくりして下を見ると元は白かった右の靴下が赤くなってて。
ママもびっくりしたみたいでパパの体を抱え込んで急いで止めてた。
だけど私は弾かれたようにすぐさましゃがんで滲んだ血を無理矢理指につけた。
そして血の付いた指を口に含む。

 途端、今まで幸せに過ごしてきた記憶が蘇る。
小さい頃、ママに誕生日プレゼントで大きなうさぎさんのぬいぐるみを買ってもらったこと。ぬいぐるみを汚しちゃって泣いていたら洗ってくれたこと。
毎日パパが美味しいお魚を釣ってきたり貰ってきたりしてくれること。お魚をもっと見たいと言ったら水族館に連れて行ったくれたこと。
それらがみんな幸せで、私はなんだか嬉しい気持ちになってきて。

 数秒後、私は我に帰った。
幸せそうに笑う私のことを、パパとママは怒りや焦りを忘れたように、へんてこりんなものを見る目でこちらを見ていた。パパとママは顔を見合わせる。

 「どうしたの、現奈?」
心配そうにこちらを見るママ。
「…ううん、なんでもないよママ」
心配してくれたママとは違って、パパはまだイライラしてた。そして、パパは諦めたようにこう呟いた。
「…気違いめ。」
部屋を出ていくパパを強く睨み付けて、ママは食器の片付けを始める。

 「……痛ッ?!」
ぼんやりとパパのことを見ていた私は突然痛みを思い出して足を押さえてうずくまった。
痛みを今まで忘れていたけれど、足をかなり切っているみたいで私の靴下の赤い滲みはどんどん広がっていってた。
気が付いた時にはもう声にならないくらいすっごく痛い。
小さく悲鳴を上げながら痛いところをぎゅっと握ってなんとか止血をする。
その後すぐ、急いで食器の片付けを終えたママが遅くなってごめんね、と言いながら手当てをしてくれた。

 「もう、パパったら嫌ね、しょっぱいフレンチトーストだって全然ありなのにね。ねぇ、ごめんね現奈」
「…違うの、私が悪いの。私が波さんのことを考えて…あっ、やっぱいい、いいよ。なんでもないの」
危ない。私の秘密の一つを話してしまうところだった。
こんな話したって分かってもらえないし、何よりもバレるのは嫌。
波さんのせいで間違ったなんて言っちゃ、だめ。
焦る私をよそに、ママはパパがいないことを確認して私に追及してきた。
「ねぇ現奈……波さん波さんって、あなたは"あの日"からなんだかおかしいわ。パパもあなたがそうなってからなんだか……」
「そんなことないよ! 私は、おかしくなんかない!」

 あの日。きっと、「臨死体験」というものをしたあの日のこと。
今の能力を手に入れたあの日のことだと思う。

 あの日は風が強い日で……というかもっと言うなら大波の日だった。
まだちっちゃかった私はその日、なんだかサーファーさんになれるって思っていたみたいで誰にも内緒で海に行ったの。
そして、お決まりのように波にさらわれて簡単に溺れちゃった(私が"よく話している"波さんもそういう子が多いみたい)。
たくさんお水を吸い込んだ。でも、なんでか不思議と苦しくはなくて、色んな人たちの心地よい声がたくさん聞こえてふわふわした気持ちになって。

 そしてその後、病院で目覚めた私は鏡を見ると驚いた。元々黒かった髪が青くなっていたから。
そこにも驚いたけど、コップの水を飲んだ時にお水の色々な記憶が頭に入ってきたことにはもっと驚いた。
自分が不思議な力を手に入れられたってことも、それも不思議と受け入れられた。
でも、この力はなんでか内緒にしなくちゃいけないなと思って今日までなるべく秘密にしてきたの。

 ……また話が逸れちゃった。私はおかしくなんかないの。
だってね、あの日がなかったら、多分私は生きていけなかったんだもん。
同い年の友達もあんまりいなかったし、パパやママは忙しい。
そんな私を支えてくれたのは他でもない波さんだった。
探偵さんの真似をするっていう秘密の趣味を持つようになれたのもあの日のおかげ。
それを、そんな私を、おかしいと言うんなら、私は一体なんだっていうの?


 「そう、よね……現奈。私達がいけなかった。現奈は何も悪くないの。ごめんなさい」
そんな私を気遣ってか謝ってくるママ。
あぁ、もう! せっかくの朝が台無し。
遺体さんも居ないし怪我もするし……パパにも怒られるし。
最悪な一日の始まりって感じ。
もういい、今日は波さんと一日中遊んでるんだから。

 私は謝るママに手当てのお礼をだけ言ってコップを手に取る。
それから、私はママに聞こえるように溜め息をついて右足を引きずりながら海に向かった。

青川現奈の場合②

2019/06/28 up
2021/01/01 修正

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