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希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

わたゆくこぼれ話

本村愛華のある日の放課後

「ねぇ、知ってる?」
ある日の放課後の教室。西日の差し込む教室で、アースカラーの色合いで全身を纏めた私のクラスメイトは珍しく私にそう話しかけてきました。
いつもなら私の同居人であるれんちゃんが話を持ってくることから話が始まるのですが、今日は一番無口な彼女からの持ちかけでした。
 何かあるのですか、霊音さん。私は少し戸惑いつつも、平静を装って彼女の話の続きを訊ねます。
「ここ(卯勝)の最後の銭湯、2ヵ月後に閉まるらしいの」
「えーっと、それはつまり?」
俗世に興味の無さそうな霊音さんから出てきた言葉としてはあまりにも妙でした。
霊音さんは私と同じように必要以上に外に出るタイプではなさそうに感じますし、何故こんなことをわざわざ私に言うのでしょう。私は銭湯どころか温泉に行く用事もありませんし。
 霊音さんは心底嫌そうに数秒目を瞑って改めてこちらに向き直ります。
「私ね、自分ちの風呂すらまともに使えないの。後は分かって」
「そうなんですか?」
突然の話に素っ頓狂な声で返事をしてしまいました。後は分かってくれと言われましても、何も状況が読めません。
能力に頼って学力をかさ増ししてきただけに、私の素の理解力は常人に到底及びません。
霊音さんの負担にはなりたくないのですが、察することを要求されても期待には答えられそうにありません。
しかし、分かってと言われた以上、分からないから教えて欲しいとも言うことが出来ません。
 「あんたねぇ」
わざとらしく眼鏡の位置を直して考え込む仕草をしていると、霊音さんはそれまたわざとらしくため息をついてきます。霊音さんは言いにくそうに折角向き直ってもらった目を逸らして言葉を考えているみたいです。
すいません、と小さく呟くものの霊音さんの耳には届いていないみたいです。
…れんちゃんみたいに何も考えず発言できる人がとことん羨ましい限りです。いえ、れんちゃんは正確に言えば人の分類ではないのですが。
 ねぇ。れんちゃんのことを考えて現実からやや目を背けていると、霊音さんは最初のようにそう言葉を紡ぎました。
でも、最初のように落ち着いたいつもの表情ではなく、少し決まりが悪そうな表情をしています。そのために何を言われるのかと、つい身を強ばらせます。霊音さんは同情なんて望んでいないでしょうけれど、具体的に何を望んでいるのかはわからないんです。
「…あのね、今度からお風呂借りていい、かしら。どうせあんたの家はれん以外居ないんでしょ」
「…え?そ、そんなことなんですか?ふふ…ご、ごめんなさい、つい……」
急に緊張が解けて失笑してしまう私に霊音さんはあからさまに不機嫌な顔をします。「だから言いたくなかったのよ」という風に。
「勿論大丈夫ですよ。それに、霊音さんが来てくれたられんちゃんと…私が喜びます。是非いつでも遊びに来てくださいね」
「誰が好きであんたの家に“遊びに”なんて行かなきゃいけないの」
私の好意を感じ取ったのでしょう、霊音さんは首を振って窓の外を眺めながらそのようなことを呟きます。
詳しい事情は分かりませんが、私に限らず彼女自身に対する好意を嫌っているようで、好意を向けられるといつもこのような態度をするのです。こうなると、私一人で雰囲気を戻すことはできません。
 「あ…えっと、れんちゃんはもう帰っちゃったみたいですし、帰ったられんちゃんに伝えておきますね…!」
私は足元に置いていたスクールバッグを拾って頭を下げ、教室を後にすることにします。
「待って」
しかし、霊音さんは私を呼び止めます。思わぬ行為に私は本当に今日の霊音さんは奇妙で仕方ありません。私にどうしろというのでしょうか。
「あんたが言うとややこしくなりそうだから、あいつには私が説明する。明日も学校来るからあんたも明日はあいつを連れてきて」
は、はい…。“あんたが言うと~”の部分を強調して言われると、そう返すしかありません。
 返事をしてしばらく霊音さんの様子を窺ってみましたが、茜色に色づいた窓の外を眺めるばかりでこれ以上の用件はないみたいです。失礼します、と私は職員室から逃げ帰るように教室を後にしました。
 今日はれんちゃんに対してどう振る舞えばいいのでしょう。普段の霊音さんが何を考えているか分かりませんが定期的に家に来ると決まったことで私がそわそわしているのは事実なのです。
今日の日記にはどこまで書きましょうか。れんちゃんは人の日記を覗くことがあるのであまり詳細には書けなさそうです。
 私はリノリウムの廊下を上履きでいつもより早めに鳴らしながらそんなことを考えるのでした。

本村愛華のある日の放課後

2020/09/12 up
2023/06/16 修正

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