私達の行く先は天ではなかった。
第陸話 コメート・ファウストの場合外伝
「久しぶりだな、コメートよ」そいつは急にやってきた。こいつはいつだって急だから困る。仕事中であっても平気でやってくるのだから。
「ミーティア、後はお願い」
ミーティアに柿の妖精であるパーシモを任せ、私は何事もなかったかのように人間の客に向けてエセ占いを続ける。
「さてパーシモさん、今日はどのようなご用件で?」
私は共用の部屋に案内し、正座で向き合います。と言っても、柿の妖精・パーシモさんは正座のポーズで浮かんでいるのですが。
「いやぁ、本当はな、妹のそなたにも聞きたいことがあるんだよ。『死なない存在は幸せなのか』とな」
「死なない存在というのは……? 妖精のことでしょうか?」
「ああ、そうでもあるし、そうでないとも言えるな」
パーシモさんは急にやってきてはいつも難しいことを投げ掛けます。死なない存在が妖精以外に存在するとしたら、その存在は一体何を考えるのでしょうか。うーん、そもそも、死なないことに気が付かないのではないでしょうか。なかなか死ぬことなんてないですし。
私がパーシモさんにそう伝えるとパーシモさんは笑い始めました。
「こりゃあ傑作だな、気が付かないとは。なるほどなるほど、その知見は我々物騒な生活をしている妖精にはないな。それで、『死なないはずの存在が初めて死んだとき、周りは何を考えると思う?』」
全くわけがわかりませんが、恐らくは思考実験でしょう。さして忙しくもない私は話に付き合うことにします。
「驚き、悲しむのではないでしょうか。今まで死ななかったということは、永く愛されてきたということなのですし、悲しむ人は多いかと思いますよ」
「ふむ、なるほど……。ありがとうな。参考になったぞ。
ところで、おぬしの姉はいつになったら暇になるのだ?」
後数時間後でしょうか、そう伝えると、難しい顔をしながらパーシモさんは「仕方あるまい、待っていよう」と言いました。
それがなんだか面白くて私が吹き出すと、不愉快そうにパーシモさんは顔をしかめました。
ふむ、妹の方は不死の呪いに気が付いていないのか。これは盲点だったな。失敬失敬。にしてもそうか、われの大事な数時間をコメートを待つのに使わなくてはならんのか。
われにはもう少し聞きたいことがある能力持ちや妖精がいるのだが…言ってしまった手前、なかなか断り難い。
仕方ない。妹君と柿でも食べて気長に待つかな。そんな折、コメートがぬるりとやってきた。
「お、コメートじゃないか、仕事はいいのか? 柿食べるか?」
「貴女が用事あるって言うから一旦閉めてきたのよ。何の用?
ああ、柿は貰うけど剥くのが面倒だから後で食べるわ」
「また聞きたいことが出来たんだよ」
われは柿を二つコメートに渡し、先ほど妹君にした質問を再び繰り返した。すると、コメートは妹君を下がらせ、
「何のつもり?」
と恐ろしい形相で尋ねてきた。
「おお、そんなに恐ろしい顔をするでない。単純に気になったもんでな」
困っているようで怒っているようで、諦めているような顔をしたコメートはそれぞれ答えを提示した。
・死なない存在が幸せでなかろうと、私の知ったことではない
・その存在が死ねば、私は大いに悲しむだろうから殺させない
と。答えになっていない気もするが、われはお礼を言い、そそくさと妖精界に帰った。
加害者と被害者では、感じ方がかなり異なることに気付かされた。われも何か相手に不具合を起こしていたら申し訳ないが、今回の場合は『被害者が被害に気が付いていないからこそ起こった悲劇」なのだろうと結論付け、深く考えないことにした。
コメート・ファウストの場合外伝
2023/02/16 up