私達の行く先は天ではなかった。
第肆話 レンの場合・後編⑤
「じゃ、そろそろ人間堕ちしなきゃね、わたし!完全な人間にはなれないし羽だってそのまんまだけど下界でびゅーするのよ~!」
わたしだって、人間になんてなれないのはわかってる。
「え? 羽ってそのままなの?」
「あれ? そこまで言ってなかったっけ? じゃ、改めて最初から話すね」
そう、これはあくまで人間堕ち。人間化ではないの。
わたしはそう言って、さっきまでのできごとを含めて人間堕ちに関する全てのことを喋った。
……うーん、数時間前に言った気がするんだけどなぁ、わたし。
「え……それじゃあ、れんちゃんの身が危ないんじゃないかな……。
だって人間堕ちしても妖精さんからは暴力振るわれちゃうわけでしょ? やめたほうが……」
ついロンさんたちの事まで喋っちゃった時、あいかちゃんはそうやって聞いてきた。
あいかちゃんまでわたしのことを受け入れてくれないの?
ストベちゃんと仲違いしちゃったからどうせもう帰れないし……。
「ううん、違うもん! いいの!
他の妖精さんが来たってわたしは強いからへーきだもん!
ホントだよ? ホントのホントだよ? 骨が折れたくらいじゃ人は死なないって聞いたし!」
「うん……そうだよね、れんちゃんは強い子。きっといい人間堕ち妖精さんになれるよ……」
良かった、あいかちゃんいつもより控えめだけど笑ってくれた。
「じゃ、人間堕ち……するね?」
「うん、なにするか全然わからないけど待ってる……!」
わたしは何度か指を鳴らし、いくつかレモンを召喚した。そしてそれらレモンを持ってわたしはベランダに出る。
空は快晴。人間堕ち一日目はきっといい日になる。
わたしは覚悟を決めて数個のレモンを天高く放り投げ、きっとどこかにいるであろうカミサマへと叫んだ。
「わたし、レモンの妖精・レンは人間堕ちします!
死んじゃうその時までわたしは下界の生き物として精一杯生きてみせます!
下界のヒトにたくさんレモンを配ってたくさんのお友達を作ります!
だから……さよなら! ストベちゃん、ロンさん、そして大っ嫌いな高カーストの妖精さん!」
言い終えた途端、浮いていた羽は機能を失い、わたしの足は数十センチ下のベランダの床に触れた。
そして、今まですり抜けていたガラス製のベランダの戸にも触れることができた。
「あ、あ……」
下界のモノに触れられるわたしは、触れられたわたしは、人間堕ちできたんだ。いつの間にかわたしは涙を流してた。
泣いてるのになんだか嬉しさが止まらなくて、戸を叩いてはあいかちゃんを呼んだ。
すると、来るなりあいかちゃんはわたしを見て、驚いたように手で口を隠した。その後、あいかちゃんは戸を開け、わたしに抱きついてきた。
「あったかい……れんちゃんは立派な、立派な下界の子だよ」
「えへへ……あいかちゃん、ありがと!
改めてわたしは煮雪れん。レモンの妖精さんだった女の子。
友情の証のレモン、受け取ってくれる?」
「うんっ、もちろん!」
わたしはもう一度指を鳴らしてレモンを生み出し、温かいあいかちゃんの手に渡す。
あぁ、人間さんって、こんなに暖かいんだ。
レンの場合・後編⑤
2020/05/11 up
2022/09/20 修正