私達の行く先は天ではなかった。
第肆話 レンの場合・後編②
騒がしいショッピングモール。そんな中に二人の妖精がやってきた。幼馴染のストベちゃんともう一人、緑の肩出しワンピースを着てるのがメロンの妖精・ロンさんだ。
「よう、レン。調子はどうだい?」
ロンさんはわたしよりも物凄く大きい。だから上から見つめられるだけで緊張でドキドキする。
でも絶対にわたしは負けないようにわたしは低い声でこう言った。
「ロンさん……下界に来るなんて珍しいね、理由はなんとなくわかるけど」
「ああ、用事がわかってるならいいんだ。聞いたよレン、人間堕ちするんだって?」
来た。ドスのきいた声でこの質問が来た。
低カーストの地位を守るためには頭数が大事だと前に聞いたことがある。
だからそういう理由でも人間堕ちしちゃいけない。でも。
「……するよ、わたしは人間堕ちする。
それと……これは妖精として大事な話だからあいかちゃんは先に帰ってて」
わたしは覚悟を決めて、あいかちゃんを帰らせた。
「あ……うん、何かあったら私の家にすぐ来てね! 私、待ってるから!」
あいかちゃんは時々後ろを振り返りながら私のワンピースが入った袋を手に提げて駆け出していった。
わたしが酷い目に遭う姿なんて、あいかちゃんには見せられないから。わたしは唾を飲んだ。
「ねぇレン。あたし忠告したよね?
人間堕ちしたら恨むって。その意味もわかんなかったの?」
親分、頼みますよ。そう言ってロンさんに目配せしたストベちゃんは、泣きそうな顔をして妖精界へと帰っていった。
言うだけ言って逃げるなんて、そういうとこばっかりずるいんだから。
わたしだって、本当なら逃げたい。
でも……こういうときのロンさんはシューネン深いからきっと逃げたって追いかけてくるに違いない。
先に言った通りロンさんの身体は大きくて、動きも遅いけれど……それでも、いずれあいかちゃんの家に来るのは間違いない。わたしですらそんなことはわかる。
「なんで、人間堕ちしようと思ったんだ?」
「カースト、ヤだから。全部、カーストを決めたロンさんのせいだよ」
「そうか、そうか…わかったよ。でもな?」
瞬間、ロンさんの胸元から引っ張り出されたメロンがわたしの頭にぶつけられた。
「ガハ……ッ」
……油断しちゃったみたい。
わたしは悲鳴さえも上げられなかったけど、"妖精だから"意識が飛ぶようなことはなかった。
わたしが人間じゃないから、いつもと同じように考えられちゃう。
それも、嫌だ。わたしは自然に生きたいだけなのに。好きで妖精に生まれたわけじゃないのに!
わたしは腕を無理矢理動かしてロンさんの太い脚を掴む。痛みからあまり力が入らなくてロンさんに鼻で笑われたけど、わたしはこうすることしかできなかった。
でも、ロンさんはそんなわたしを見て悲しそうな目を向けてきた。
「お前さ、いなくなっても数百年後には再び空の上なんだぜ?」
「で、でもぉ……」
首を掴まれ、そのままわたしの身体が持ち上がる。
「お前は頭数として居てもらわなきゃ困るんだよ。わかるか?
たかが数百年とはいえど、そんなしょうもない理由で減られると余計低カーストの地位が下がるんだわ。
カーストが決まってしまったのはあたしのせいだ
。 でもそれが人間堕ちしていい理由になるのか? ならないだろ?」
「わか……いよ…」
「あんだって?あたしの言うことがわかんねぇって?」
「わかんらい…よ…!」
わたしは首を掴んでいるロンさんの腕を手で折り、再生してきた頭を持ち上げてゆらゆらと立ち上がる。
「分かんらいって言っひぇるの!」
「聞こえねぇってんだよ!!」
わたしの視界が塞がれる。途端、羽が千切れ、ショッピングモールの一番下まで“堕ちていく”。
「ッ……?!」
わたしは羽を掴まれた上で顔を殴られていた。
もうしばらく何も見えないし、喋ることだってできない。でもやっぱり意識は飛ぶことはない。
この近くに能力持ちはもういないから、わたしたちのことなんて誰も気付いてくれない。
わたしに気付かない人間さんたち談笑しながらわたしの上を歩いているのを感じる。
もしわたしが人間堕ちしたら、わたしが人間堕ち妖精になったら、みんな気がついてくれるはずなのに……!
「なァ、レンさんよ、人間堕ちしたらあたしの一発で死んじまうんだぜ?」
わかってる。それでも。
「あんたは死にたいのか?」
ちがう。そんなんじゃないもん。
「……なぁ」
ロンさんはわたしの方向じゃないどこかに話しかける。
「こんなんで良いだろ、ストベ?」
え、あれ?
「うえぇ……もう良いですよ、親分。ありがとうございます。
これだけやったらレンも覚悟が決まるでしょ…」
なんで……?
ストベ……ちゃ…?帰ったはずじゃ……
レンの場合・後編②
2020/05/11 up
2022/09/20 修正