私達の行く先は天ではなかった。
第弐話 別火寿希の場合⑦
朝になり、お姉ちゃんは皆勤だったはずの学校を休んだ。最初、お姉ちゃんは病院から帰ろうとしなかった。
けれど、看護師さんがお姉ちゃんを帰らせた。
僕は「また来てくれると嬉しいな」と去り際のお姉ちゃんの背中に呟いた。
昼になり、代わりにお母さんが来た。
お母さんは泣いていなかったけれど怒っているようだった。
僕は謝罪した。
あれからお母さんが顔を見せることはなかった。
恐らく、仕事が忙しいのだろうと思う。
僕は黙って外を見つめていた。
夕方になると妖精さんが来た(それはやっぱり窓から)。
僕が能力を使ったことにあれこれ言われたけど僕の決意が揺らぐことはなかった。
それを確認した妖精さんは楽しそうで面白くなさそうな態度をして上のほうに帰っていった。
夜になっても、お父さんは来なかった。
お母さん曰く、今日は自宅のクリニックは休業らしいのだけど、それでもお父さんは来なかった。昔の知り合いに会いに行っているらしい。
僕は心配されたくてこうなったわけではないから何も言うことはできないけど、少し複雑な気持ちだった。
音楽を聴くためにスマートフォンを操作することもできないから、消灯時間になるまでやけに長く感じた。この日から僕は何もない時間はなるべく寝ているようにした。
翌日、お姉ちゃんは少し元気を取り戻したようでいつも通り学校終わりの夕方に病室を訪れてくれた。
けれどまだ本調子ではないようで眉間にしわを寄せて頭を押さえている姿が印象的だった。
けれど僕はお姉ちゃんに手を握ってくれるよう頼んだ。
いつしかお姉ちゃんは何も言わずとも手を握ってくれるようになった。
一週間経ち、外の桜は半分以上緑に染まってしまった。
数日雨が続いたからきっと駐車場には花びらがたくさん落ちているのだろう。
夕方、僕はお姉ちゃんに改めて気持ちを伝えた。
謝罪とそれから、僕はそろそろ駄目かもしれないよ……ってことを。
お姉ちゃんは僕にそれを言ってほしくないようだった。
お姉ちゃんは顔を歪ませて僕を激しく叱った。何があってもそんなことを言うんじゃないって。
だけど、僕はお姉ちゃんを騙し続けることは難しかった。詳しく言うことはできなくても、謝罪の気持ちを伝えることだけがお姉ちゃんのためにできることの全てだった。
お姉ちゃんは折れそうなくらいに僕の手を握った。けれど僕にはなんの感覚も得られなかった。
僕は色々と悲しくなって、またぽつりぽつりと謝り続けた。
お姉ちゃんは翌日も更にまた翌日も僕の手を握ってくれた。
勉強のことなんかもう頭にないようだった。
お姉ちゃんは僕が無事でいればということを願っているようだった。
お姉ちゃんは学校を休みがちになった。どうやら無理がたたったみたいで具合もあまりよくないようだ。
でも、お姉ちゃんはちょこちょこ早退してまで病室に足を運んでくれた。
僕はこんなに想ってくれる人の努力を無下にしているのだなと思ってふと死にたくなった。
でももうすぐ死ぬのだと思うと心が楽になった。
僕の病状は良くなることも悪くなることもなかった。
けれどお姉ちゃんに来てもらうことだけが僕の最期の希望だった。
そうして数日経った頃の土砂降りの雨の日、最後の花びらが地面に叩きつけられるのに合わせて僕の心臓は突然役目を終えた。
別火寿希の場合⑦
2023/02/16 up